本会議
概要
参議院において、宮沢洋一、松山政司、小池晃、有村治子の4議員に対する永年在職表彰が行われ、各議員がこれまでの政治活動の振り返りと今後の決意を述べました。その後、本会議では複数の法案の採決が行われ、人工衛星の管理、裁判職員定員、金融機能強化、旅券法、海外通信・放送・郵便事業支援機構法、および農林中央金庫法と農業近代化資金融通法の各改正案が審議されました。結果として、提出されたすべての法律案が可決されました。
発言タイムライン
発言者(12名)
- (参議院議長)
- (立憲民主・無所属)
- (自由民主党・無所属の会)
- (自由民主党・無所属の会)
- (日本共産党)
- (自由民主党・無所属の会)
- (デジタル社会の形成及び人工知能の活用等に関する特別委員長)
- (法務委員長)
- (財政金融委員長)
- (外交防衛委員長)
- (総務委員長)
- (農林水産委員長)
質疑応答(0件)
質疑応答は行われませんでした(所信表明・趣旨説明等のセッション)。
議事内容
これより、会議を開きます。
この際、永年在職議員表彰の件についてお諮りいたします。
議員、宮沢洋一君、松山政司君、小池晃君、及び有村治子君は、国会議員として在職することを25年に達せられました。
つきましては、因義をもって、四君の永年の功労を表彰することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
御異議ないと認めます。
四君に対する表彰文を朗読いたします。
君は国会議員として、その職にあること25年に及び、常に憲政のために力を尽くされました。
参議院は君の永年の功労に対し、ここに因義をもって表彰します。
議員、松山政司君。
君は国会議員として、その職にあること25年に及び、常に憲政のために力を尽くされました。
参議院は、君の永年の功労に対し、ここに因義をもって表彰します。
議員、小池晃君。
君は国会議員として、その職にあること25年に及び、常に憲政のために力を尽くされました。
参議院は、君の永年の功労に対し、ここに因義をもって表彰します。
議員、有村治子君。
君は国会議員として、その職にあること25年に及び、常に憲政のために力を尽くされました。
参議院は君の永年の功労に対し、ここに因義をもって表彰します。
水岡俊一君。
発言を許します。
水岡俊一君。
参議院議員一同を代表して、ただいま、永年在職によって表彰されました、宮沢洋一先生、松山政司先生、小池晃先生、並びに有村治子先生に対しまして、一言お祝いの言葉を申し上げます。
宮沢先生は、平成12年に衆議院で初当選をされて以来、9年2ヶ月にわたり、衆議院議員としてご活躍の後、平成22年に参議院議員に転じ、この度、国会議員として在職25年を迎えられました。
この間、宮沢先生は、資源・エネルギー・持続可能社会に関する調査会長等の重責を果たされ、また、経済産業大臣等として国政の中枢に参画されるとともに、自由民主党税制調査会会長等の要職を歴任され、現在は情報監視審査会会長の重責を担われておられます。
松山先生は、平成13年に初当選をされて以来、参議院議員としてご活躍をされ、この度、国会議員として在職25年を迎えられました。
この間、松山先生は、議員運営委員長等の重責を果たされ、また、内閣府特命担当大臣等として、国政の中枢に参画され、現在は、自由民主党・無所属の会議員会長、自由民主党参議院議員会長の重責を担われておられます。
小池先生は、平成10年に初当選をされて以来、参議院議員としてご活躍をされ、この度、国会議員として在職25年を迎えられました。
この間、小池先生は、党において、日本共産党参議院議員団長をはじめとする要職を歴任され、現在は日本共産党書記局長の重責を担われておられます。
有村先生は、平成13年に初当選をされて以来、参議院議員としてご活躍をされ、この度、国会議員として在職25年を迎えられました。
国政の中枢に参画をされ、現在は自由民主党総務会長の重責を担われておられます。
このように先生方は、卓越した見識と豊富な経験に基づき、我が国の議会政治発展のため、多大な貢献をされてきました。
ここに我々議員一同は、先生方のこの25年間のご功績に対しまして、深い敬意を表しますとともに、本日、栄えある表彰を受けられましたことに対し、心からお祝い申し上げます。
現在、我が国を取り巻く環境は、誠に厳しく、克服すべき課題が山積しております。
そのような中、国民の負託を受けた国会の責務は重く、参議院が果たすべき役割は大きなものであります。
先生方におかれましては、今後とも健康にご留意され、国民のため、参議院のため、そして我が国議会制民主主義の発展のため、なお一層のご尽力を賜りますようお願いを申し上げまして、お祝いの言葉といたします。
誠におめでとうございました。
宮沢洋一君、松山政司君、小池晃君及び有村治子君からそれぞれ発言を求められました。
順次発言を許します。
宮沢洋一君。
ただいま、委員議をもちまして、在職25年の永年在職表彰を賜り、誠に光栄に存じます。
ありがとうございました。
また、関口議長、さらにご祝辞をいただきました水岡俊一先生、ありがとうございました。
そして同時に表彰されます松山政司先生、小池晃先生、有村治子先生、おめでとうございました。
思い返してみますと、私が政治の世界に入るきっかけとなったのは、1991年秋、私が駐在していたニューヨークにかかってきた一本の電話でした。
早朝に鳴るベルの音。
何か不幸でも起こったのかと不安を感じながら取った電話の声は、叔父の宮沢喜一でした。
「もうすぐ総理大臣になりそうなので、日本に帰ってきて手伝ってくれないか」というものでした。
その後、総理大臣正官としてPKO国会を経験し、政治改革の議論に翻弄され、最後は自民党内が分裂し、内閣不信任案が可決されました。
直後の総選挙では、候補者の代わりに選挙区を回り、結局大蔵省には戻らず、叔父の秘書として活動することになりました。
2000年の総選挙で、当時の広島7区で初当選し、国会議員としての活動が始まりました。
振り返ってみますと、数々の重要政策の策定に関わることができ、充実した政治人生を送ってきたなと思っております。
小泉内閣の最重要政策であった郵政民営化の時は、まだ当選2回でしたが、与謝野政調会長の下で事務局長を務め、大変苦労をいたしました。
福田内閣の時は、公務員制度改革基本法の成立に尽力いたしました。
当時の大臣が独創的に出してしまった政府案を、当時、民主党の参議院議員、松井浩二前京都市長と協議して、大幅に修正して成立させることができました。
東日本大震災の時には、野党でしたが責任者として自民党の復興基本法案をまとめ、与党との協議を経て、およそ9割近くは実現することができました。
税制一体改革においても、自民党の代表として税制の方の協議に参加し、いわゆる三党協議をまとめることができました。
一方で、ここ15年ほどは、自民党の税制調査会が主な活動の場でありました。
税調の会長も2回にわたり、計8年勤めました。
現在の税制には、日本の戦後が詰まっていると言っても過言ではないと思っております。
増築・改築を重ねた家のようなもので、決して格好良くはありません。
しかし、なかなかうまくできていると思っております。
よく、税の三原則は公平・中立・簡素と言われてますが、制度は公平にしようと、大震災後、最初となる仙台原発の再稼働にも立ち会うことができました。
大臣に就任した最初の日に、経産省の幹部にいくつかの指示をしましたが、そのうちの一つは、私の在任中に、当時実際の半分も出ていなかった超過勤務手当を満額支給しようというものでした。
出退勤の管理をしっかり行い、残業命令も制度化しなければ実現できない難しい問題でしたが、当時の諸課長の飯田さん、今、総理大臣正官をしていらっしゃいますが、頑張ってくれて、在任中に何とか実現することができました。
今、この計算書方式が全省庁で実現されているとのこと、大変嬉しく思っております。
最後に25年以上にわたって私を支えてくださった地元広島県の後援会の皆様、東京を中心とする応援団、友人の皆様、私の疑問に真摯に向き合ってくれた官僚の皆様、そして、酔っ払って帰ってくる私に、呆れながらも支え続けてくれた妻、家族。
さらに歴代の事務所のスタッフに心から感謝を表し、私の永年在職表彰にあたってのご挨拶とさせていただきます。
本日は誠にありがとうございました。
松山政司君
ただいま、委員議をもちまして、在職25年の永年在職議員として表彰を賜りましたこと、大変光栄に存じ、心から御礼を申し上げます。
また、水岡俊一会長より、丁寧な御祝辞をいただきまして、誠にありがとうございました。
心から熱く御礼を申し上げます。
そして、共に25年を迎えます、宮沢洋一先生、有村治子先生、小池晃先生、誠におめでとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、私が政治というものを身近に感じてきましたのは、福岡県議会議員として、生まれ故郷の筑後郡、福岡県筑後郡において、地域の発展に尽力をし、また、県の農政連委員長を長年務め、農業政策に大変力を入れていた、父、松山譲の後ろ姿でありました。
14年前に父は他界をいたしましたけれども、高度経済成長期が終わりまして、社会に大きな変化に揺れ動いていた時に、県会議員となった父は、時間があればこの農村部をいつも地域の声に寄り添いながら、また様々な要望に応えながら、時には難しい局面にも悩まされておりました。
しかし、温厚で家の中でも愚痴一つ言わずに、私が申し上げるのは恐縮でありますが、何よりも思いやりの心を持って、休む間もなく、常に多くの地域の方々に触れ合い、政治に取り組んでいる、そんな父を長年見てまいりました。
そして、そういう父の信念は、無言のうちに、私の心の中に浸透し、刻み込まれていたように思います。
その後、私が27歳の時に、ある方の紹介で、福岡市をエリアとする福岡青年会議所に入会することになりまして、それから13年間、中小企業の経営に携わる方々、合間を縫って地域の子どもたちの育成事業や、まちづくり運動に邁進してまいりました。
1995年には、全国の青年会議所で構成される、この日本青年会議所の国際協力活動を担う国境なき奉仕団という特別委員会の責任者を務めました。
被災地に入りまして約2ヶ月間にわたって、全国から毎日駆けつけてくれる数百人もの多くの仲間とともに、瓦礫の除去や膨大な救援物資の仕分け、あるいは避難所への配送など、行政の手が行き届かないところを必死の思いで取り組んでまいりました。
実はこの時、この日本青年会議所のトップであります、会頭の一人息子であった最愛のご子息が、この震災で亡くなられていたのであります。
悲しみのどん底にいながらも、涙をこらえ、作業服を着て、我々と共に復旧活動に取り組んでくれた、そのリーダーの後ろ姿に、私は震え上がらされました。
そしてまさにその姿に背中を押され、翌年には福岡青年会議所の理事を務め、その3年後に日本青年会議所の会頭を務めることになりました。
まさにこの1995年の経験と出会いは、そこまで自分が頑張ってこれた大きな転機でもありました。
そして、日本JCの会頭として、当時の小渕総理や閣僚の方々と、地域の活性化や地方分権、教育問題や国際交流など、様々な分野で意見を交わす機会をいただき、政府主導の会議などにも参加をさせていただきました。
こうした活動を目の当たりにして、日本の平和と繁栄に向けて、様々な分野でこの国を動かしている政治の重要性、重さというものを改めて痛感し、政治への関心もこれまで以上に高まってまいりました。
そして、2年後の2001年の参議院議員選挙。
これまで培った様々な経験を生かして、この国の政治で、世の中のために、この国のために、世代としての責任と使命というテーマを生意気にも掲げまして、とことん頑張ってみたいと、そういう強い思いで立候補の決意をいたしました。
当時の森総裁から我が党の公認をいただきましたけれども、保守分裂の厳しい戦いになりました。
しかし、同僚の麻生太郎先生や小賀誠先生をはじめ、先輩方の力強いご支援をいただきまして、また父の同僚、後輩県議の方々にも助けられ、当選を果たすことができました。
初当選して最初の委員会は、父が力を入れていました国の基幹である農業政策を所管する農林水産委員会に所属をし、私の政治活動がスタートいたしました。
政府におきましては、経済産業大臣政務官、外務副大臣、そして安倍総理の重点政策でありました一億総活躍担当大臣、並びに科学技術や宇宙政策のほか、特に力を入れてきた少子化対策担当大臣として、活動させていただきました。
また、先輩方には、国対や幹事長室、また技運におきまして、難しい国会運営というものをご指導いただいてまいりました。
同期の先生方にも大変恵まれました。
議長の関口昌一先生はじめ、伊達忠一先生や、今は亡き吉田博美元幹事長にも、弟のように大変温かいご指導をいただいてまいりました。
多くのご教授をいただきました衆参両院の諸先輩、並びに同僚諸氏にこの場をお借りして心からの感謝と御礼を申し上げます。
今後も党の議員会長として大切にしていきたい理念は和と結束、これを重んじて日本列島を強く豊かにするために全力で頑張らせていただきたいと決意を新たにいたしております。
引き続き、先生方には何卒ご指導を賜りますよう、よろしくお願いを申し上げます。
結びにあたりまして、今日までご支援いただいてまいりました地元後援会、支援者の皆様方、事務所のスタッフ等の職員の皆さん、私を育ててくれた亡き父、今月93歳を迎えた母、そして最も身近で今日まで苦楽を共にし、温かく支え続けてくれた親愛なる妻と4人の子どもたちをはじめ、子ども、家族、親族に心から感謝の誠を捧げたいと思います。
本日は誠にありがとうございました。
小池晃君
日本共産党の小池晃です。
お許しをいただきまして一言お礼を申し上げます。
ただいま、因義をもって在職25年表彰を受けました。
この議決をしていただいた議員各位の皆様、さらに水岡俊一、立憲民主党議員会長より温かいご祝辞をいただきました。
心からお礼を申し上げます。
同時に表彰された宮沢洋一、松山政司、有村治子議員にもお祝いを申し上げます。
特に日本共産党へのご支援をいただき、私を国会に送り出してくださった国民の皆様に、深い感謝を申し上げます。
共産党本部からの要請を受けて、比例代表選挙に出馬をし、初当選を果たしました。
それ以来、命守る政治を原点に走り続けてまいりました。
初めての国会は金融国会でした。
その後も年金制度改革法案、医療保険制度改革法案、特定秘密保護法案、そして集団的自衛権の行使に道を開いた10年前の安保法制など、時には本会議の壇上で、時には委員会の席上で、首相をはじめとする政府の皆さんと激しく論戦を交わしてきたことを思い起こしております。
もちろん対決ばかりの25年ではありませんでした。
国民のために一歩でも政治を前に動かそうと、党派を超えて取り組んできたことも多々ございました。
2006年に自殺対策基本法を実現したことは忘れがたい経験でした。
年間の自殺者が3万人を超えている。
この事態を何とかしなければならないと。
自民党の小辻英久議員、当時民主党の小山本隆議員らとともに、厚生労働委員会で自殺対策の推進を求める決議を実現し、5年後の立法につなげたことが、国と地方の行政を動かし、今も大きな力を発揮しております。
委員会で厳しく対決したある大臣から、委員会室を出た後で声をかけられたことがありました。
今は亡くなられた方ですが、こうおっしゃった。
「小池さん、あなたとは政治的な立場は違うけれども、あなたの質問は現場の実態を踏まえたものだから、いつも耳を傾けていますよ」と。
その時はこれが私の役割だと思いました。
国民がどんな状況に置かれているか、今の政治にどのような期待や、あるいは怒りを持っているのか、それを国会の場でぶれずに、ひるまず、正面から提起していこうと思い定めて、今日までやってまいりました。
今、世界では平和の秩序が無残に破壊され、ウクライナで、パレスチナで、そしてイランでも、戦火の下で命を落としている多くの人々がいます。
国際法も国連憲章も踏みにじるような、米国に追従し、大軍拡に突き進む、そんな政治でいいのか、日本の役割も問われております。
政治は一体何のためにあるのか。
私は政治とは、戦争と貧困をなくすためにあると思っております。
それが私の信念です。
そしてその希望の道を指し示しているのが日本国憲法であります。
日本国憲法はその前文で、全世界の国民が等しく恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存する権利を有することを確認する平和的生存権を謳い、憲法9条で戦争を放棄し戦力を持たないという徹底した平和の条項を持っています。
私は戦前から反戦平和を一筋に貫いてきた日本共産党の一員として、そして日本国憲法を尊重し擁護する義務を有する国会議員として、命がけの外交努力で絶対に戦争しない、させないために力を尽くすことをお誓いいたします。
結びに、国民から選ばれた国権の最高機関の一員として、政治の主権者である国民に奉仕する重要な責任を担い、引き続き全力を挙げる決意を表明して謝辞といたします。
ありがとうございました。
有村治子君。
自由民主党の有村治子です。
本日、参議院の委員会をもって、永年在職議員表彰を賜り、大変光栄に存じます。
関口
関口議長の下、先ほど温かいご祝辞をくださいました、水岡俊一立憲民主・無所属議員をはじめ、皆様の温かいご友情とご厚情に感謝を申し上げます。
時を同じくして表彰されました、初当選同期の松山政司参議院自民党会長、宮沢洋一先生、小池晃先生、誠におめでとうございます。
「有村君、自由民主党の国会議員になった以上は、自民党を支持してくださる方々はもちろんのこと、野党を支持され、我が方に厳しく牙を向けられる人々も、無党派の皆さんも、まだ投票権を持たない赤ちゃんも含めて、1億2000万余の日本国民みんなに仕える矜持をもって、ことに当たろうじゃないか。
これが自民党の誇りであり、使命だよ」平成13年初当選の時に、後に衆議院議長となられる大島忠盛先生からいただいた言葉です。
この心構えによって、たとえ主義主張が対立することがあっても、敬意を持って人と接することの重要性を教えていただきました。
大臣時代、野党からの厳しい論戦に晒されましたが、私がお仕えすべき大事な日本国民なんだと思うと、不思議と冷静さを保てる場合もありました。
30歳で初めて参議院選挙に立候補した私にとりまして、残酷区といわれる全国区、47都道府県すべてを選挙区とし、自らの名前を書いていただかなければならない選挙の破壊力はすさまじいものがあり、とてつもない重圧でした。
しかし、あの苦しい選挙で当選を果たし、民意を背負って議場に臨むがゆえに、国会質問において、総理大臣をはじめとする閣僚の見解を正し、重要な答弁を引き出し、議事録に残し、共に政策を進化できる権限が与えられます。
全国選出の国会議員は、日本全体にとって良いことを提案し、具体化していかなければ存在意義がありません。
故に国政を実際に動かす国会質問を意識してまいりました。
戦中戦後も厳しい道のりをたどった沖縄に思いを馳せ、国民的悲願を実現した沖縄本土復帰の歴史を日本全域で記憶にとどめるため、沖縄復帰50周年記念式典を政府主催で開催することを、まさにこの参議院本会議場で提案をし、天皇皇后両陛下の御臨席を仰いで式典が実現をしたこと。
また、我が国の島の数が6,852と公表されていたものの、実は日本には14,125もの島々があること。
北方領土についての教科書記述の是正。
ばらばらだった竹島前諸島と竹島群島の地名が一本化して、すべての地図表記が竹島群島に更新されたことなど、いずれも国会質問によって、国政が着実に前に進みうることを目の当たりにし、やりがいを感じてまいりました。
しっかりとした国家観と地に足のついた生活観を併せ持って、命の重みと地域や家族の絆、国家の尊厳を守ることを、初当選以来、行動指針にしてきた私は、明確な国家観と堅実な生活観の双方を大事にしています。
私は、現職中に出産した戦後4人目の女性議員となりましたが、本日、正直に申し上げることが許されるのであれば、投落戦場の選挙を抱える国会議員として、子どもを授かること、妊娠を継続すること、睡眠と体力が削られる夜中の授乳や子育てをしながら全国を歩く仕事は、常にジェットコースターのようでした。
でもだからこそ、マタニティーマークを全国に広げるなど、命を育む親としての経験や視点を国政に生かしていくことも、私の大事な価値観であり続けます。
12年前、安倍内閣で初代女性活躍担当大臣を拝命し、女性活躍推進法が成立をしました。
伊藤博文公が初代内閣総理大臣に就任された明治18年、1885年から140年の年月が経ち、ちょうど半年前に初めて女性の内閣総理大臣が誕生するという我が国の新たな歴史に立ち会えたことは幸いであり、現在、高市早苗総理総裁の下、自民党総務会長の任を拝命しております。
歴史が大きく動くとき、その道は平坦ではありません。
誠に残念ながら、今まさに戦争や紛争が継続されている国際情勢、地殻変動が起こっているかのような内外情勢にあって、国政には過去の延長線上にはない、復元的思考と深い洞察力、主体性と決断力が求められていると感じます。
人や組織、国家の栄枯盛衰に思いを馳せるとき、ともすると私たちは晴れの祭りの日に幸せを感じがちでございますが、実は日々の何気ない、何もない日常こそがかけがえのない、慈しむべき幸せそのものだと痛感するようになりました。
このかけがえのない穏やかな国民生活が、永続的に一日でも長く続くよう、最善の努力をすることが、国家・国民に仕える国会議員の務めだと、自らに言い聞かせます。
結びに、私と出会い、ご縁を紡いでいただいて、一緒に活動し、議場で発言権を持つために、私を育て、ご支援くださっている全国の同志の皆様に、深甚なる御礼を申し上げます。
また、この四半世紀、苦楽を共にし、私の政治活動を支えてくれた秘書人と、そのご家族のご理解にも感謝の思いを伝えます。
車いすにお世話になりつつ、夫婦でふるさと滋賀から今朝、東京に来てくれた、これが、おそらくは結びの機会となることでありましょう。
92歳の父と母、私を産み育ててくださいまして。
ありがとうございました。
全国各地に身を置いてきた25年間、留守の日々を守ってくれた会社員の主人と2人の子どもにも、この場を借りて言葉を紡ぎます。
縁あって家族となり、戦友でいてくれて、どうもありがとう。
自由民主党同志の皆様、党派を超えて共に取り組んできた与野党同僚議員の皆様。
閣議がそれぞれ背負い、代弁しておられる全国の主権者の皆様、本日の節目を見守っていただきましたことに、心を込めて御礼を申し上げます。
「有村さん、あなたが国会にいてくれて本当によかった。
」この言葉を最高の励みとして、今後も日本を慈しみ、誇りに思い、歩を進めたいと存じます。
本日は誠にありがとうございました。
日程第一、人工衛星等の打ち上げ及び人工衛星の管理に関する法律等の一部を改正する法律案、内閣提出を議題といたします。
まず、委員長の報告を求めます。
デジタル社会の形成及び人工知能の活用等に関する特別委員長、松下新平君。
ただいま議題となりました法律案につきまして、デジタル社会の形成及び人工知能の活用等に関する特別委員会における審査の経過と結果をご報告申し上げます。
本法律案は、公共の安全を確保しつつ、人工衛星の打ち上げ等に関する多様な需要に対応するため、ロケットの打ち上げに着眼した規制体系に変更する等の措置を講じようとするものであります。
委員会におきましては、我が国のロケット打ち上げの現状と課題、打ち上げ手続等の簡素化と審査体制の強化。
国中政策の方向性等について質疑が行われましたが、その詳細は、会議録によってご承知願います。
質疑を終局し、討論に入りましたところ、日本共産党の大門委員より、反対の旨の意見が述べられました。
ついで、採決の結果、本法律案は、多数をもって、原案のとおり、可決すべきものと決定いたしました。
以上、ご報告申し上げます。
これより採決をいたします。
法案の賛否について、投票ボタンを押し願います。
まもなく投票を終了いたします。
これにて投票を終了いたします。
投票の結果を報告いたします。
投票総数242、賛成231、反対11、よって本案は可決されました。
日程第二、裁判職員定員法の一部を改正する法律案、内閣提出衆議院送付を議題といたします。
まず委員長の報告を求めます。
伊藤孝江君。
ただいま議題となりました法律案につきまして、法務委員会における審査の経過と結果を御報告申し上げます。
本法律案は裁判所の事務を合理化し、及び効率化すること等に伴い、裁判官以外の裁判所の職員の人数を126人減少させようとするものであります。
委員会におきましては、審理機関や事件動向等を踏まえた体制整備の在り方、家庭裁判所の充実強化の必要性、離婚後共同親権制度導入による裁判所への影響等について質疑が行われましたが、その詳細は会議録によって御承知願います。
質疑を終局し討論に入りましたところ、日本共産党を代表して二品委員より、
本法律案に反対する旨の意見が述べられました。
討論を終局し採決の結果、本法律案は多数をもって原案通り可決すべきものと決定いたしました。
なお、本法律案に対し不採決議が付されております。
以上、御報告申し上げます。
これより採決をいたします。
本案の賛否について、投票ボタンを押し願います。
まもなく投票を終了いたします。
これにて投票を終了いたします。
投票の結果を報告いたします。
投票総数243、賛成228、反対15。
よって本案は可決されました。
日程第3、金融機能の強化のための特別措置に関する法律等の一部を改正する法律案、内閣提出衆議院送付を議題といたします。
まず、委員長の報告を求めます。
宮本周司君。
ただいま議題となりました法律案につきまして、財政金融委員会における審査の経過及び結果をご報告いたします。
本法律案は地域の人口の減少等の社会経済情勢の変化に対応して、金融機関等の経営基盤の強化を図るため、国の資本参加の申請期限を廃止し、国が資金を交付する制度の申請期限を延長するとともに、大規模な災害等の事態における資本参加の特例の創設、共同で利用する。
総裁は会議録によって御承知願います。
質疑を終局し採決の結果、本法律案は多数をもって原案通り可決すべきものと決定をいたしました。
なお、本法律案に対し不採決議が付されております。
以上御報告申し上げます。
これより採決をいたします。
本案の賛否について、投票ボタンを押し願います。
まもなく投票を終了いたします。
これにて投票を終了いたします。
投票の結果を報告いたします。
投票総数242。
賛成237、反対5。
よって本案は可決されました。
日程第4、旅券法の一部を改正する法律案、内閣提出衆議院送付を議題といたします。
まず、委員長の報告を求めます。
里見隆治君。
ただいま議題となりました法律案につきまして、外交防衛委員会における審査の経過と結果をご報告申し上げます。
本法律案は、一般旅券の発給等に係る国分の手数料について、具体的な額を政令で定めること。
また、その際に徴収する手数料の総額で旅券の発給に必要な費用を賄えるよう手数料の額を定めること。
受領されずに執行した一般旅券について、執行から5年以内に新たな旅券の申請があった場合の手数料を、当該申請に係る手数料の2倍の額とすること。
有効期間5年の一般旅券の発給対象を18歳未満のみとすること。
公用旅券発給の際に戸籍謄本の提出を求める要件を改めること等について規定するものであります。
委員会におきましては、一般旅券の手数料見直しの背景、海外在留法人の安全安心の確保、未交付執行旅券に係る追加徴収制度のあり方等について質疑が行われましたが、詳細は会議録。
国によって御承知願います。
質疑を終局し採決の結果、本法律案は全会一致をもって原案通り可決すべきものと決定いたしました。
以上御報告申し上げます。
これより採決をいたします。
本案の賛否について、投票ボタンを押し願います。
まもなく投票を終了いたします。
これにて投票を終了いたします。
投票の結果を報告いたします。
投票総数243、賛成243、反対0。
よって本案は全会一致をもって可決されました。
日程第5、株式会社海外通信・放送・郵便事業支援機構法の一部を改正する法律案、内閣提出衆議院送付を議題といたします。
まず、委員長の報告を求めます。
総務委員長、吉川沙織君。
ただいま議題となりました、株式会社海外通信・放送・郵便事業支援機構法の一部を改正する法律案につきまして、総務委員会における審査の経過と結果を御報告申し上げます。
本法律案は、最近の我が国経済をめぐる状況に鑑み、我が国及び海外における通信、放送、郵便事業に共通する需要の拡大を通じた当該需要に応ずる我が国の事業者の収益性の向上等を引き続き図るため、株式会社海外通信・放送・郵便事業支援機構が保有する株式等、債券の譲渡、その他の処分等に係る期限を10年間延長し、令和18年3月31日から令和28年3月31日に改めようとするものであります。
委員会におきましては、ICT分野等の海外展開に向けた機構の役割、機構の設置期限とガバナンスの在り方、機構のこれまでの支援実績と今後の方針等について質疑が行われました。
質疑を終局し
採決の結果、本法律案は多数をもって原案通り可決すべきものと決定いたしました。
以上、御報告申し上げます。
これより採決をいたします。
本案の賛否について、投票ボタンを押し願います。
まもなく投票を終了いたします。
これにて、投票を終了いたします。
投票の結果を報告いたします。
投票総数243、賛成228、反対15、よって本案は可決されました。
日程第6、農林中央金庫法の一部を改正する法律案。
日程第7、農業近代化資金融通法の一部を改正する法律案、いずれも内閣提出、衆議院送付、以上両案を一括して議題といたします。
まず、委員長の報告を求めます。
藤木眞也君。
ただいま議題となりました両法律案につきまして、農林水産委員会における審査の経過と結果を御報告申し上げます。
まず農林中央金庫法の一部を改正する法律案は、農林中央金庫による農林水産業者への円滑な出資及び融資を促進するため、農林中央金庫が目的達成のために営むものとされている業務として、会員組織の構成員への資金の貸付等の追加、地域の農林水産業の発展に資する取組を行う会社への出資に係る認可手続の緩和等の措置を講じようとするものです。
次に農業近代化資金融通法の一部を改正する法律案は、農業分野の資金需要が拡大している状況に鑑み、長期かつ低利の資金の融通を円滑にするため、農業近代化資金について、貸付金合計額の最高限度額の引上げ等の措置を講じようとするものです。
委員会におきましては、両法律案を一括して議題とし、農林中央金庫の
藤木委員長。
農業近代化資金融通法改正案に賛成する旨の意見が述べられました。
順次採決の結果、農林中央金庫法改正案は多数をもって、農業近代化資金融通法改正案は全会一致をもって、いずれも原案通り可決すべきものと決定いたしました。
なお、両法律案に対し、それぞれ附帯決議が付されております。
以上、ご報告申し上げます。
これより採決をいたします。
まず、農林中央金庫法の一部を改正する法律案の採決をいたします。
本案の賛否について、投票ボタンを押し願います。
まもなく投票を終了いたします。
これにて、投票を終了いたします。
投票の結果を報告いたします。
投票総数243、賛成230、反対13、よって本案は可決されました。
次に、農業近代化資金融通法の一部を改正する法律案の採決をいたします。
本案の賛否について、投票ボタンを押し願います。
まもなく投票を終了いたします。
これにて投票を終了いたします。
投票の結果を報告いたします。
投票総数242、賛成237、反対5、よって本案は可決されました。
本日はこれにて散会いたします。