今、領域においてということをおっしゃいましたので、領域においてはそうなのかもしれませんけれども、この場合、やはりそれ以外のこと、領域に関することではないそれ以外のことに関しては、力による一方的な現状変更とは当たらないと考えるのは、ちょっと私と考えが違うのかなと、そういうふうに思います。
令和4年に発表された我が国の国家安全保障戦略には、「我が国の国益は世界に尊敬され、好意的に受け入れられる国民国家」とあります。
しかしながら、ベネズエラの件では、事態の動きがなくなって2ヶ月以上も経っておりますが、例えば、マイケル・シュミット、イギリス・レディング大学教授、ジャスティナ・ウリブル・A・マンチェスター大学准教授、ジュリアン・アラート、米・ミシガン大学教授、そして日本の浅田正彦、同志社大学教授など、数多くの国際法学者が、米国の行動は国際法違反であると、そういった見解を示しています。
しかもですね、国立国会図書館発表の資料には、米国の行動を国際法違反ではなかったとする国際法学者は誰もいなかったと、そういうことを言っています。
にもかかわらず、政府がいつまでも判断できないということであれば、やはり我が国の主張の一貫性が問われかねないと考えております。
先に述べたこの我が国の国家安全保障戦略にある、「世界に尊敬される」という国家となるにはですね、やはり主張の一貫性があり、「ダメなんだ」と言えるような国家のあり方というのが非常に重要なのだと考えます。
ですからですね、私としては、その領域のこともちろんそうだと思うんですが、それ以外にもやはりマドゥーロ大統領の政権がそのような事態に陥って国民が苦しんでいるという中で、それを変えるというふうな大義をアメリカが掲げてはいますが、そのあたりもただ国際法の観点からはやはりそれはどうなのかということでありますから、この力による現状の一方的な変更ではないのかということを私たちは考えております。
従来の政府の立場、そして日米関係の経緯を踏まえれば、そのような答弁になるということは、私も理解をしております。
しかしながら、我が国が昨今の目まぐるしく変化する厳しい情勢に置かれているのであれば、私たちは今こそ変わらなければならないという時期に来ていると思っております。
「力による一方的な現状変更」という言葉を政府が使えば使うほど、もちろんマスメディアもそれと同じように、その言葉を使うことになります。
そして、我が国の国民もそうなんだと、例えばこの事象に関しては、力による一方的な現状変更であると認識することになります。
ただ、私たち一般の国民が、ベネズエラの政権がどういう歴史をたどってきて、今この経緯になっているのかということは、多くがそれを知らないところであります。
にもかかわらず、定義が私はあまりないとは思っているんですが、そういった言葉を繰り返し使うことによって、だんだんと世論が形成されていってしまうのではないかということを危惧しております。
前回も少し外務委員会で茂木大臣にお伺いをさせていただきました。
イランの件ではあります「情報の非対称性」ということについて少しお伺いをさせていただいたんですが、イランの件に関してもまさに私は同じことを思っております。
日本の一般の国民は、イランが今までどういう歴史があって、今あのような体制になり、アメリカの……安倍内閣総理大臣の影響を受けた政権があったり、そうじゃない、変わったということもあって、ということをご存じのない方は非常に多いのかなと思います。
そういった中で、やはりマスメディアが報じるというのは、彼らがやはりスポンサーがあったり、いろんなことに忖度をしなければならない部分があるかと思います。
ですから、やはりここは日本政府として公平に、それぞれの言い分を国民に知らせるという役割が非常に重要かと存じます。
私も外務省のホームページを見ておりましたら、やはりこちら側、いわゆる西側諸国、同盟国の言い分というものは外務省のホームページに書いてあるんですが、例えばイランに関しての歴史認識だとか、こういうことを彼らからは言われたという、その中身に関して書いているというのは非常に少ない、偏りがあると私は考えております。
ぜひともそのあたり、私としては是正をしていただきまして、政府としては、国民が簡単に手に入る西側諸国の情報よりもむしろ、政府はそういったイランだとかベネズエラとか、その他西側諸国以外の情報もしっかりと得られていると前回ご答弁いただきましたから、そのような発信を可能な限り、そういったことを述べていただきたいと思っております。
今回の安全保障委員会の質問では、現況のこの情勢を受けて、政府の対応というものを問うものではありましたが、やはり今後、我々は自動的ではなく、主体的に、能動的に我が国をどう守っていくのか、そして安定した明るい日本の未来をどうつくっていくのかということを積極的に、自発的に、ぜひとも私たちで考えていきたい。
そして、それをしていただけたいという要望をいたしまして、私の質問とさせていただきます。
どうもありがとうございました。